日記・コラム・つぶやき

2014年8月11日 (月)

スーパームーン

今年は3回もスーパームーンがあるとNASAが発表しており、本日が2回目でした。
一番大きく見られる時間はさすがに起きていられませんでしたので、別の時間に撮影してみました。

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手持ちでの撮影でしたのでこれが限界かな・・・

でもそれなりには映っています。

次は9月9日とのことです。

これを逃すと次のスーパームーンは20年後とのことですので、見逃した方は次回に必ず見ましょう。

2014年5月 6日 (火)

新幹線

男性は子供から大人まで新幹線が好きな人が多いですよね。

おいらは出張が多いので新幹線に乗る機会も多いのですが、時間があるとついつい写真を撮っちゃいます。

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関西方面と東北方面への出張が多いので東京駅から出発するのが多いのですが、今回は仙台出張でした。

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せっかくなので、「はやぶさ」を予約しての出張でした。

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はやぶさのノーズは本当に長いですね。

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日帰りでしたので、帰りはもちろん「こまち」です。といっても「はやぶさ」と「こまち」は連結しているのですけどね。

こまちは在来線を走るので車両も狭く、通常の新幹線の3+2の座席ではなく、2+2の座席になっています。

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仙台駅に入線せいてくる「はやぶさ+こまち」です。

2014年4月20日 (日)

JAXA一般公開

今日はウォーキングで深大寺まで行ってきました。

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桜はすっかり葉桜になっていましたが、新緑の緑が鮮やかな季節になってきました。

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枝垂れ桂もすっかり緑色です。

帰り道でJAXAで一般公開をしていたので、ちょこっとのぞいてきました。

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年に一度しか入ることができないので、貴重な体験です。

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まだ宇宙開発事業団という名称だったころに筑波の施設で半年ほど仕事をしていたのですが、調布の施設に入るのはこれが初めてでした。

やはり見学者は子供が多かったですね。

2013年10月 3日 (木)

CEATEC

仕事柄いろいろな展示会に行って最新の情報を入手したり、提携できる会社を探したりするんですが、今日は開催中のCEATECを幕張メッセまで見学に行ってきました。

そこでちょっと面白いコーナーに人がいっぱいいたので、何だろうと思ってついつい並んでみました。

そこは顔認識で年齢を判断するシステムで、皆さん自分の年齢を判断した画像をデジカメやスマホで撮影していたので、自分も結果を撮影してきました。

最初に試してみたところ20才と表示されていたので、これは何かの間違いだろうと思い再度試してみたところ19才と判定されてしまいました。

日ごろから10才程度は若く見られていますが、これはおかしいですね。でも、他の人達の判定を見てみるとそれなりの判定が出ているので、判断基準は何でしょうね?

機械でも若く見られるとうれしいですね。

2013年2月24日 (日)

携帯機種変更

7年ぶりに携帯電話を機種変更しました。基本的に携帯電話は
・通話
・メール
・おサイフケータイ
機能があれば十分なので、これらの機能を網羅してバッテリーの持ちがよければ十分なのですが、かなしいかな電話機のほとんどがスマートフォンとなっていて通常のケータイ電話の種類の少ないことにはがっくりです。
しかも長年利用していたPシリーズにおサイフケータイ機能が付いていないじゃないですか。
同じシリーズのものだとおおまかな操作が似ているのでマニュアル無しでも使えるので便利なのですが、残念です。
しかたないので、N01-Eという機種を選択しますた。これは待ち時間780時間もあり、出張の多いおいらには充電器を持ち歩かなくてよいというメリットがあります。

それにしても、店のスタッフはマニュアル通りというか機種変更でもスマホを薦めまくりです。iPadを2台にアンドロイドウォークマンにWiMAX持ちのおいらにとってスマホは不要なのです。しかも会社支給の電話はiPhoneなので、ふつうの携帯で十分。
そんな事情説明も面倒なのでこの機種に決めていたという返事で面倒なやりとりをかわして購入してきました。

今回はドコモのポイントが15,000円分もあったので、持ち出しは13,000円で済みました。たぶんよほどのことがない限り、あと5年はこの機種を使うんだろうと思います。

2012年5月15日 (火)

君が代が歌えません

少なくとも日本人であるのですから「君が代」や「仰げば尊し」くらい歌えなければならないのかもしれませんが、残念ながらいい年をして完璧には歌えません。

できないことをあまり人のせいにはしたくないのですが、実は習ってないのです。
少年期は北海道で過ごしてきたのですが、卒業式やその他の式典、音楽の時間にもこれらの歌を習ったことはありませんでした。
当時は特段それが普通だと思っていたのですが、大人になると北教組の絶大なる力関係で拒否していたということがわかってきました。

普通我々のようなサラリーマンが就業規則を破るとそれなりの罰則が待っています。生徒や学生であれば校則違反ともなれば停学や退学が待っていますよね。
それを指導する立場の教師が平気で法律を犯して聖人顔しているのは腹立たしいですね。

かくいう自分も学校が禁じている原付免許を取得したということで停学をいただいたことがありますが、法律で認められている免許を所得して停学で、国や教育委員会の指導の背いている先生方が当時なにも処分されていないというのもおかしな話ですね。

抗議があるのであれば、それを教育の現場に持ち出すのではなく別な形で対応してもらいたいものです。

すくなくとこれらの歌の意味と音階くらいは教えてもらいたかったと思います。

2011年4月24日 (日)

羽田空港までの交通手段

三鷹から羽田空港への交通手段は通常JRとモノレールを乗り継いでいくのですが、電車に乗っている時間は60分くらいでしょうか。

朝の早い時間や遅い時間であれば空港行きリムジンを利用した方が早いということで、先日福岡からの出張帰りに羽田空港から吉祥寺行きのリムジンバスで帰宅してきました。

途中高井戸のインターで工事中だったため6分ほど足止めをくいましたが、それを含めても46分での到着でした。これが工事がなければ40分で到着していることになります。

今後も時間がうまく合えばバスを利用しようかと思います。

2011年3月13日 (日)

帰宅難民になって感じたこと

まだまだ被災地での救出作業など大変な様子です。おいらも地震の多い地域で高校を卒業するまで住んでいたのでその怖さや不安感もよく分かるので、救助が思うように進まないなか、なにもできないことにもどかしさを感じます。

ところで、自分は少々落ち着いてきたところで帰宅難民となった時に感じたことを書きとめてみようかと思います。

羽田空港ということで、敷地が広く交通機関の回復を待つ人が多くても受け入れる許容量が大きいので他の駅などに比べると圧迫感は少なかったと感じます。

また、食堂や売店も多く食べ物や水に苦労することもありませんでした。また空港側で毛布、非常食などを用意しており寒くなることもありません。(空港自体が暖房されているので毛布がなくてもあまり寒くはないのですが・・・)

結局翌日の朝に交通機関が回復する保証もないのでおいらは同僚と相乗りでタクシーで帰ることにしたのですが、まさか7時間も待つことになるとは思いませんでした。

そのタクシー乗り場では当初は係員がいてタクシーを誘導したり邪魔な一般車を排除したり対応してくれていたのですが、24時を過ぎるといなくなってしまったのは残念でした。災害時なのですからこれはきちっと対応が欲しかったところです。

その後1時過ぎにようやくタクシーを待つ人達に毛布が配られたのですが、その毛布の暖かさは忘れられません・・・(暖)

その後3時頃にようやく別の係員(たぶん空港職員)がタクシー待ちの整理券を配布して皆をターミナル内で待たせるように配慮いただいたのですが、もう少し早い対応が欲しかったところです。(実際には大変だったのはわかりすが)

そんな状態でようやくタクシーに乗れたのですが帰宅は環八沿いに三鷹方面に進むのですが渋滞が随所にあるためそれを避けつつ道路を選ぶのですが役にたったのはiPadの地図です。これのおかげで渋滞ながら1時間半で三鷹まで到着できました。

またiPadにはラディコ(インターネットラジオ)をインストールしてあったので情報も随時確認することができたので助かりました。

災害時にはiPadは必需品ということがよくわかりました。

2011年3月12日 (土)

帰宅難民

今回の地震で帰宅難民となってしまいました。被災された方々には申し訳ないのですが、これはこれで結構大変な状況でした。

おいらは北海道の日高地方で育ったため、こどもの頃から大きな地震を何度も経験していたので、東京で感じた揺れ具合からは大きな問題はないのであろうと感じていたのですが、仕事が終わって帰ろうとすると全ての電車が動いていない状況でした。

このときは蒲田で仕事をしていたのですが、いろいろな情報をかき集めると羽田空港からリムジンバスが走っているということなので、羽田-吉祥寺に乗れば帰れると思いますタクシーを捕まえて羽田空港へむかいました。

しかし、羽田でバスの乗車券を購入しようとしたその時バスの運行見合わせのアナウンスが流れ帰宅の術がなくなってしまいました。

結局モノレールか京急の回復を待つことにしたのですが、しばらくするとこれも終日運休を決定というアナウンスが・・・

意を決して外の長いタクシー待ちの行列にならび、同僚と10分交代で外に並ぶこと7時間。ようやく順番がきてタクシーに乗ることができ、家に着いた時には4:30。

ようやく詳しいニュースを見ると地震の大きさがかなり激しいものであったことが判明。不明の方々の無事と被災された方々の健康を祈りつつ眠ります。

2011年2月 7日 (月)

コート脱ぎました

東京はやはり暖かいですね。

先週からコートを脱ぎました。とはいえ、周りの人でコートを来ていない人はあまり多くなく若干浮いているかもしれません。

北海道ではまさに雪まつりまっさかりなのに同じ日本でこんなに差があるのは不思議ですね。

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